原理主義者として引き金をひくか合理主義者として止まるかという葛藤


七年後の一方的な暴力にも等しい不当行為に備え、商標落としサイトを開設して三ヶ月になります。

三ヶ月間で作ったコンテンツは「商標+○○」で120記事と、かなりのペースです。

三ヶ月と言えば、グーグルの第一段階エイジングフィルターが解除され、「そのサイトが今後どうなるか」が推測可能な時期です。

もちろん、推測できるのはかなりの専門家だけですが。

これまで、巨大企業の外部SEOディレクター、自身のサイト群7サイトを構築してきた経験から、この商標落としサイトに関しては「勝った」と感じています。

後七年もあれば、「商標+○○」のコンテンツは軽く1000記事に達し、確実に商標を埋め尽くすでしょう。

聞こえは悪いですが、合法的企業ハイジャックですね。

「生殺与奪権」は僕が掌握します。

悩みは、そこからの選択肢です。


一つの選択肢は、原理主義者として、一切妥協の余地なく鉄槌を下す=純粋無垢に「やられたらやり返す」という単純なロジックに従って引き金をひくという判断です。

厳密には「やられる前にやる」ですけどね。

この場合、かなり大きな巻き添えが出るでしょう。

撃つべき相手のみならず、そこに依存して生活する人たちの暮らしも脅かしかねません。

原理主義者の考えは「大義のためには最小限の犠牲は仕方ない」です。



もう一つの選択肢は、ユダヤの合理主義者のように、引き金をひかずに取引するというものです。

ただ、これだと撃つべき相手と共存関係になるので、僕自身も搾取し人を踏みつける側になってしまいます。

まぁ、ほかにも選択肢はあるのでしょうが…

例えば僕が泣き寝入りするとか…

相手に悔い改めてもらうとか…

でも、状況的にどちらも不可能でしょう。

とにかく、まだ時間はあるので、今できること…

コンテンツの蓄積努力を淡々と進めながら、じっくりと結論をだすつもりです。