人間の価値と社会経済的価値と結果に対する考察|検索ボリューム視点

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若い頃、ある事業家の方に自分の会社の給料が少ない、という愚痴を言ったところ…

「それが君の人間の価値とは言わないが、少なくともそれが君の社会経済的価値だ」

と言われました。

全くその通りだと痛感したので、何かと頑張ってきたのですが。

僕の住むネットフィールドでは、何かの社会経済的価値は「検索ボリューム」という数値であらわされます。

検索ボリュームとは、ある言葉=キーワードが世界で月に何回検索で調べられているか、という数値で、グーグルのツールで知ることができます。

だいたい数万回の言葉がミドルワード、十万回前後の言葉がビッグワード、数十万回の言葉がウルトラビッグワードとされています。

そして、それぞれのワードでコンテンツが検索一位だった場合は、検索ボリュームとほぼ同数のPVが発生します。

さらに、1PVにつき0.3~0.5円の収益が発生するというのが今のネットフィールドの在り方です。

つまり、検索ボリュームの大きいワード=社会的に関心の強い言葉で、それに対する明確な答を情報発信し、グーグルにより上位表示されれば、それは社会経済的価値の高い行動であり、それに見合う収益が発生するのです。

ネットフィールドの場合は、非常にわかりやすいですが、およそほとんどの実社会で同様だと思います。

年収500万の人は、やはりその程度の社会経済的価値…または、職種自体のボリュームがその程度の社会経済的価値なのでしょう。

年収1000万の人も、やはりそれなりの社会経済的価値がある人か、ボリュームの大きい職種についているのでしょう。

数千万、数億円プレーヤーの人だって、それに値する社会経済的価値があるからそうなのです。

もちろん、最初に戻りますが、人の社会経済的価値は人の価値ではありません。

ただし、僕は力のない正義や優しさは無意味だと考えていますので、社会経済的価値という実力も伸ばしていきたいと思っています。