チリを積んでもゴミの山|適切な取捨選択と蓄積努力の必要性


日本人の称賛する行為に「努力」があります。

もちろん、それは否定しませんし、僕自身も三年間で5000記事を書くという蓄積努力をし、現在の200万PV/月があります。

ただし、その努力は適切に取捨選択し、効果的・効率的な適切努力でなくては、ただの徒労です。

油田でもない場所を、一生掘り続けても石油はでませんからね。

少し考えればわかることです。

しかし、残念なことに、おそらく日本人の国民性としての大きな弱点として…

「努力そのものが称賛される」というものがあります。

この風潮が、論理的でもない「努力のための努力」を生み出し、日本国内のあらゆる場所、学校や会社などで「生産性のない努力」の発生とそれにまつわる損益を垂れ流し続けてます。

身の回りに目をやってください。

「こんなに頑張っているのに報われない」と憤る人で溢れてますよね。

でも、それは評価に値しない無駄な努力をしているからであり、報われなくて当たり前です。

自由経済社会の日本は、適正努力を積んでいれば、報われないことはないような仕組みになってます。

職業選択の自由も保障されてますし。

学校で懸命に勉強をしたなら、良い進学をしなくては生涯年収は上がらない傾向にあります。

学校で懸命に部活をしたなら、全国区の実績を残さなければ進学や就職の役には立ちません。

会社で懸命に働いたなら、給料以上の利益を出さないとその人は損益源でしかありません。

そして、仕事は学校よりフレキシブルで、嫌なら転職したり起業したりと対応策はたくさんあります。

冷たいようですが、それが現実ですよね。

チリを積んでもゴミの山にしかなりません。

砂金のように選りすぐりの努力を積み重ねて、成果のある人生にしたいですね。

僕も日々取捨選択とロスカットを冷静に行いつつ、適正努力の積み重ねを頑張っていきます。